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弟に飼育される家畜から便器になった

Posted on 2014年1月14日 – 23:00

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僕は弟に対して昔から劣等感を持っていたのだと思う。
俗に言うデブスである兄の僕とは違い、痩せていてそれなりにモテるのが弟だった。
学業も運動も何もかもが負けていて、
唯一勝っていた身長を喩してチビと罵るのが精一杯だった。

中学生の頃だった。
父親の仕事の関係で、当時はまだ珍しかったパソコンが家にやってきた。
中古ですぐにフリーズしがちな古いデスクトップだったが、それでも子供心にワクワクした。
父親が仕事に行っている日中、触る機会は多かった。
大半はゲームや意味のないネットサーフィンを繰り返した。
しかし思春期真っ盛りの僕は学校で習ったウイルス感染の怖さを思い出し、
臆病になりながらも、次第にエッチなサイトを回覧していた。
中でも興味を惹かれた物は拷問だった。
冷酷で残酷な仕打ちに怯えながらも、その内に潜む背徳的な何かは僕を魅力した。
特に惹かれたのは三角木馬だ。
股関節が裂け血を流すグロテスクさを伝える記述がありながらも、
それでいて快感を感じる人種がいるとの記述もあった。
三角木馬に乗せられ痛みに泣き叫びながらも、股間から悦びの汁を流すマゾという人種。
それがSMとの出会いだった。

知れば試したくなるのが人間だが、今回の場合は普通では有り得なかった。
三角木馬は苦痛を与える拷問方法であり、試したいという考えは異常思考だ。
また、それ以前に三角木馬を再現する道具すら入手困難なのだから。
散々悩んだ末、目に入ったのは普段寝るベッドだった。
以前は兄弟で共通の部屋を使っていたが、
中学生になったのを機に部屋を分けることになった。
コの字の背部分に本棚や勉強机を置いて遮断し、
また使っていた二段ベッドも上下に分かれた。
上部分を貰い受けた訳だが、上部分は落下防止の為の柵が付いていた。
跨がれば辛うじてつま先が付くくらいの高さ。三角木馬の代わりにはうってつけだった。

僕は罪人だった。テストで悪い点数を採った罪人。
罪人は罰を受けなければならない。三角木馬に乗せられて反省しなければならない。
そう自分に暗示をかけた僕は、拷問サイトの画像の罪人と同じく、
全裸になってベッドの柵に跨がった。
足を持ち上げ、全体重を完全に股に掛けようとした。
が、失敗だった。
普段しない体勢をしたせいか、足が吊ってしまったのだった。
だが諦めなかった。
屈伸等をして十分に柔軟した後、再度挑んだ。
あまりの痛さに初めての拷問は十秒も保たなかった。
その日はそれで止めてしまったが、胸の高まりは確かに刻まれていた。

その日からも何度か繰り返し、一分くらいは保つようになっていた。
相変わらずの痛さだが、馴れたせいかいつの間にか乗っている最中も勃起していた。
勃起はしたが抜き方など当時は知らなかった。精通すらまだだったのだ。
そんな状態だったが、僕にも初射精の瞬間がやってきた。
三角木馬に乗り、若干前のめりに体重を預けた時に達してしまったのだった。
普通の少年が拙い手扱きをして快感の中で出すのとは全く違い、
僕は苦痛が多くを占める中で初めての射精を迎えたのだった。
布団に垂れた精液を拭うのに追われて余韻を感じる暇など無かったが。

こんなことがあっても、
それからしばらくは僕は自身をノーマルかサド寄りだと考えていた。
SMなど異常者がやるものであり、
仮にサドかマゾかを選ぶならサドの方が格好いいなどと考えていたからだ。
しかし、無意識下では自身のマゾ気質を自覚していたのかもしれない。
この三角木馬ごっこはその後も頻繁に行っていた。
しかし、やり過ぎて精液ではなく血が出るようになり、
受験もあって中学生活三年間で止めることとなったのだった。

高校に入る頃には自身のマゾ性を自覚しつつあった。
三角木馬ごっこが封じられた後、目を付けたのはアナルだった。
ボールペン一本が入る程度だったが、
それでも被虐感のおかげか異物を入れて扱いた時の方が普段より気持ち良かった。
当時の小遣い稼ぎで得たバイト代は殆どが漫画やゲームなどに費やされていたが、
残った資金でこっそり通販でアナルバイブを購入した。
ローションまでは買えなかったので、サラダ油を利用した。
それでも楽々入るようになるまでは苦労したが。
そうして僕は益々アナルに嵌っていった。

大学生になる頃にはアナルも大分開発出来ていた。
露出癖にも目覚め、何度か家の近所で深夜野外露出を行いスリルを味わった。
だが、僕は満足出来なかった。
高校受験に失敗し私立に通い、
大学受験は試験に自信がないため辛うじての成績で指定校を利用し三流大へ。
そんな自分に嫌悪し、劣等感を抱いていた。
だからこそネット上に載せられた、首輪を填めた奴隷の姿に惹かれた。
通販で首輪を買って填め、アナルにバイブを入れた変態姿で扱いた。
それでもまだ満足出来なかったが、
そんなある日、SMサイトで見かけた画像から目が離せなかった。
画像の人物は全裸で四つん這いになり、首輪を填めていた。
乳首にはピアスが通され、身体中に卑猥な落書きをされたその姿はまさにマゾ奴隷だった。
そこまでならそこまで惹かれなかったが、惹かれたのはその人物の顔だった。
豚がいた。
鼻フックで鼻が吊り上がり、鼻毛が覗く鼻穴の奥まで晒した無様な豚面だった。
すぐに通販で鼻フックを購入し、届いて填めた時から虜になった。

その日から僕のセンズリは変わらない。
全裸になり、まず鼻枷と一体の首輪を填めて、名前入りドッグタグの位置を調整。
後頭部から頭上と左右の耳下の三方へフックを回して鼻を上左右に拡げる。
鼻輪代わりのメモリングを鼻軸に填めるのも忘れない。
乳首は洗濯挟みで挟み、アナルにはディルドを押し込む。
四つん這いになり醜く太った身体を揺らし尻を振ってブヒブヒ鳴けばマゾ豚の出来上がり。
アナルのディルドを差し入れしながら、手で扱いてイキ果てる。
それが僕の辿り着いた最高のセンズリだった。

長くなったが、話を戻そう。
マゾと自覚してから、僕は当然のように主従関係に憧れを抱いていた。
偉大な主人の下に跪き、全てを捧げる屈伏の悦びに憧れていたのだ。
だが、年齢の事と知らない他人へ身を委ねる事への不信が常に問題としてあった。
だからこそ、僕は主従関係を諦めていたのだが、思わぬ事で主人が見つかる事になる。
それが最初に述べた僕の実の弟である。
弟は不出来な僕を反面に、基本不真面目だが適度に頑張りを見せ要領よく道を歩んでいた。
前述の通り劣等感を抱いていた僕と弟の仲は良くなかった。
しかし、ある日を境にそれが変わる事になる。

その日、僕はいつものように変態姿でセンズリしていて、
大学をサボり家にいた弟に気付かず結果バレた。
話し合いとなり、僕は全てを弟に語り、弟は何かを考えていたがその日はそれで終えた。
だが次の日、弟は僕に「自分が主人になってやってもいい」と持ちかけてきた。
昔からそれなりにモテていた弟だったが、
それは女だけじゃなく中には稀だが男もいたらしい。
僕は全く知らなかったが、男とも性交はしなかったが一度だけ付き合いはあったという。
返事の期間を一日貰い、よく考える事にしたが初めから答えは決まっていた。

次の日、僕はセンズリ時の格好になり、弟の部屋に向かった。
椅子に座る弟の足下に跪き、初めての土下座をして奴隷の誓いを述べた。
しかし、即座に違うと床に擦り付けた頭を踏みつけられた。
弟は僕が如何に変態的な姿をしてるかを指摘し、お前は奴隷などではなく家畜だと述べた。
役立たずの癖に惨めな姿を晒して快楽を人間様に乞う家畜なのだと教えてくれたのだった。
その言葉だけでイキそうなほど、僕は勃起していた。
弟に言われるがまま、土下座の姿勢を直した。
頭ではなく鼻奥まで拡げた豚鼻を床に擦り付け、
上半身は平伏のまま下半身だけは四つん這いで尻を高く。
鼻に上半身の体重がかかり鼻水を垂らし、ケツ穴に刺さったディルドを見せながら。
豚らしく語尾にブヒと付けながら、改めて弟に家畜としての誓いを述べ直した。
その日から、僕らは兄弟から主従の関係になったのだった。

弟はネットで色々と調べたようで、調教は次第に本格的になっていった。
まず僕の貯金は弟の物となり、元の持ち主の僕を責める責め道具に変わった。
購入した鞭や蝋燭は最初の躾が肝心と真っ先に使用された。
弟は三角木馬の件に興味を持ち、中学の頃と同じくベッドの柵に跨がる事となった。
ただし縄で縛られ自分から降りる事は出来ず、
鞭や蝋燭で責められる、かつて望んでいた拷問を散々味わった。
赦しを乞う為に僕は次々と代償を約束していった。
許可のない射精の禁止、陰毛の定期剃毛、
ケツ穴の常時拡張、豚の鳴き真似以外の会話禁止。
全てを誓わされた。
また、きつい鼻フックの影響で若干吊り上がった鼻、
両乳首のピアス、ケツ穴のFF姦通と肉体改造も進んでいった。

そして、遂にその日がやってきた。
弟によるケツ穴初姦通の儀。
久々に見たその摩羅は、普段使ってるディルドよりも小さい筈なのに威圧感があった。
まさにこれから僕のケツ穴を貫き征服する剛槍だった。
立ち上がった弟は、座り込み摩羅を見上げる僕の股関を見下ろし嘲笑した。
僕の股関に付いている物は目の前の摩羅と比べるもおこがましいほどの粗末な物だった。
勃起しても皮を被ったままの真性包茎。
当然童貞で、数日の射精管理で我慢汁を垂れ流していた。
一方、目の前の摩羅は当然剥けており、太さ大きさも一回り違う。経験も豊富だった。
思えば数年前、まだ兄弟の関係だった頃から、
男の象徴は兄弟関係とは逆を示す格差を告げていた。
見事な象徴を勃たせ、引き締まった身体の弟。
粗末な象徴をぶら下げ、醜く肥えた身体の兄。
後者が前者に屈伏するのは必然だった。

そんな事を考える僕を尻目に、弟は準備を進めていく。
僕は全裸のまま後ろ手で縛られ、両足も棒と縄で開脚拘束された。
首に首輪が通され、乳首のピアスに通した糸の先が取り付けられる。
暴れれば首輪に付いた糸が引っ張られ、乳首のピアスも同じく引かれて痛みで呻く事になる。
最後に、ビデオカメラが正面に設置された。
これまでに撮影された家畜宣誓や変態センズリ、
野外露出排泄といった映像データ群に、記念すべきケツ穴初姦通映像が追加されるらしい。
ビデオカメラが録画状態となり、遂に僕のケツ穴初姦通が始まった。

正真正銘、犯されてると感じた。
大きさでは普段使うディルドより劣るはずなのに、
熱や脈動が腸壁を抉る感触が伝わってきた。
思わず声が漏れたが、すぐさま尻が叩かれ、ブヒブヒ鳴きながら犯され続けた。
弟の手が背後から伸び、僕の鼻穴に突き刺さる。
穴の中で左右に拡げられ、そのまま上に吊り上げられた。
ケツ穴と鼻穴。
どちらも少し弄られただけで勃起する穴が両方犯され、僕の粗チンはフル勃起。
弟に絶頂を告げる前に射精していた。
半ば白目で鼻穴とケツ穴を犯されブヒブヒ鳴いて絶頂宣言しながら、
トコロテンを迎えた僕の姿はビデオカメラに撮影された。
それだけでは終わらない。
ケツ穴には代わりのディルドが刺され、今度は口を犯された。
喉奥まで犯された後、引き抜かれた摩羅からの精液は僕の顔と鼻穴奥を白く染めた。
すぐさま僕は鼻で精液鼻提灯を作った。
弟に仕込まれた家畜としての「芸」である。
それを見届けた弟は、僕のケツ穴からディルドを抜くと口に突っ込んだ。
腸液と精液と僅かな糞が混じった独特の味が口中に広がる。
そのまま四つん這いにさせられ、鼻フックを付けながらまたケツ穴を犯された。
後で確認したビデオカメラの映像には鼻フックを綱のように引かれ、
ケツ穴を犯す弟を背に乗せた姿はまさに家畜な姿として映っていた。
その後数回犯され、最後に弟直々の手扱きで同時に射精して終わりを迎えた。
今までも屈伏していたつもりだったが、本当に心身共に屈伏したと悟ったのはこの時だった。

それから数年、僕の側に弟はいない。
双方話し合い関係を解消し、弟はその後付き合った彼女と結婚した。
そして僕は現在も飼い主様の専属便器豚として過ごしている。
解消の前、弟の友人であるゲイのSの方を紹介され、僕はその方に譲られることになった。
僕は新たな飼い主様好みになるべく、すぐさま再調教となった。
今までの調教を更にハードにし、便器調教が加わった。
皿に出した自分の糞尿を吐かずに飲食。
野外露出で路上に排泄した自分の糞尿を口付け啜り。
その後は飼い主様の糞尿、公衆便所の便器舐めとり。
半年で仕込まれ、僕は晴れて家畜から便器になった。

今はまだ日常生活が送れる範囲の改造に留まっている。
でも近い内に完全改造されるらしく、見本を見せられた。
頭から足までの全ての毛は剃毛。陰毛だけは永久脱毛し、恥丘には刺青。
鼻にはちゃんとした金属の輪が通され、
金属製の首輪と合わせて継ぎ目を溶接され外れなくなる。
手足は拘束され、サポーターを付けた肘膝で四つん這い歩行。
他にも抜歯や去勢など考えてるようだが、
決定権を捧げた身なので大人しく受け入れる所存だ。

少し前の年末、弟の調教を受ける機会を得た。
初ケツ穴姦通等の映像を見せられながら、奉仕と排泄処理を行った。
ご褒美を頂けることになったので、初めの頃の懐かしい家畜としての土下座を希望した。
基本的に物扱いされる便器になってからは、そういった事は一切しなかった。
飼い主様と相談した結果、家畜と便器を合わせた土下座になった。
弟と飼い主様の小便浣腸を腹一杯にしたまま蓋代わりにケツ穴を飼い主様に犯され、
頭を踏み潰され床にされた弟の糞に豚鼻から突っ込み、顔面に擦り付けた。
背に小便を浴びながらブヒブヒ鳴いてマゾイキし続けて終わった。

以上。
早ければ春頃に施行されるという改造の前に、
​僕の辿ったマゾ道を記したいと思い、今回投稿した。
最後に立派な便器になれるよう祈って、終わることにする。


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